4時間という長い時間、見ず知らずの少年、少女、その家族の話を見聞きする。
見落とし、見逃したまま、あのラストへと向かう。

まるで自分たちの生活だと思った。
事が起こってから、見落とし、聞き逃していることに気付かされる。
だから、「なぜあんな事に」という結果論しか話事ができない。

「恐怖分子」同様、光のない暗がりのシーンが多くそのほとんどがやはり全容がつかめないまま進んで行く。


この映画を観る前に小津安二郎という人の作品を僅か一本でも観ていて本当に良かったと思った。

完全な主観だし、見当違いな話かもしれないけれど「小津カラー」と知っているのと知らないのとでは格段に味方が変わるのではないかと思います。

それほどにシャオスーの家には、家族のシーンには必ずと言っていいほど、あの「朱色」がある。

登場人物が多く、彼らが所狭しとスクリーンを動き回るので正直集中力が切れそうになった時には誰が誰だかわからないという悔しい思いをした。

少しでも相関図を分かっていればと少し悔いが残る。
ストーリー展開を知っていたところで、この映画の魅力は決して変わるものではないです。
まぁ、名作と言われるもののほとんどはそうですね。

数年前から観たくて。観たくて。
まさか、スクリーンで観られる時が来るなんて。
感無量だった。



もうひとシーンも見逃さないように零さないように観たつもりだけれど、そんな事はあり得なくて。
沢山の見落としがあるからこそ、もうすでに「また観たい」となる映画。
観終わって思う事はあれ程長いと思っていた4時間という時間は「たった4時間だった」と思える映画。

わかりやすい映画が多い中、説明があまりないところや暗闇のシーンなど。
「想像してみる」事が好きなわたしは、やはりこの作品は好きです。

と、長々と書きましたがこれは「好きなんです!」なんて言わずにずっとそっと一人心に留めておきたい大切な出来事の様でもあります。